「最近、硬いものを避けるようになった」「食後に口の中に食べかすが残る」「お茶や汁物でむせることが増えた」。
こうした変化は、単なる年齢のせいというより、口の機能が少しずつ低下していく「オーラルフレイル(口腔の虚弱)」のサインと考えられています。
2024年4月に発表された日本老年医学会、日本老年歯科医学会、日本サルコペニア・フレイル学会による「3学会合同ステートメント」では、オーラルフレイルは「口の機能の健常な状態と口の機能低下との間にある状態」と定義され、早期に兆候を評価して適切な対策を行うことで、機能低下を緩やかにし、改善する可能性があることが示されています。
結論:口の衰えは、体と脳のフレイルを加速させる
噛む力の低下は、「食べにくい」だけの問題ではありません。
食事内容の偏りを通じて低栄養やサルコペニア(筋肉量・筋力の低下)と関連することが、複数の前向きコホート研究で報告されています。
さらに、歯の本数や咀嚼機能の低下は、認知機能の低下や認知症発症リスクと関連する可能性が指摘されています。
例えば、東北大学の研究では、歯数が少ないこと、咀嚼困難を有すること、口腔乾燥を有することが、それぞれ認知症リスクを10~20%増加させることが明らかになっています(東北大学プレスリリース)。
なぜ「噛むこと」が重要なのか
噛むという動作は、単なる顎の運動ではなく、多くの機能が同時に関わる複合的な動きです。
【筋肉の活動】
顎だけでなく、舌、頬、首、喉など多くの筋肉が協調して働きます。
【唾液の分泌】
よく噛むことで唾液が分泌され、食物の消化を助けるとともに、口腔内の清潔維持にも役立ちます。
【感覚刺激】
歯ごたえや温度、味などの感覚情報が脳へ伝わり、食事の満足感や摂食行動の調整に関与します。
【脳への刺激】
咀嚼は脳血流や神経活動と関連することが報告されています。
東京都健康長寿医療センターの研究では、咀嚼にともなう脳血流増加の神経メカニズムが解明されています(<プレスリリース>「咀嚼にともなう脳血流増加の神経メカニズムを解明」)。
噛む力の低下から始まる「負のサイクル」
①食事の質の低下と低栄養
噛みにくくなると、肉や繊維質の多い野菜などを避け、麺類やパン、柔らかい菓子類などに偏りやすくなることが複数の研究で指摘されています。
その結果、たんぱく質やビタミン・ミネラルの不足につながり、低栄養や体重減少のリスクが高まります。
実際、東京科学大学の縦断研究では、全国の高齢者3,305人を6年間追跡した結果、オーラルフレイルが体重減少リスクを高めることが示されており、特に咀嚼困難が最も強い予測因子であることが明らかになっています(Science Tokyo)。
②サルコペニア・フレイルの進行
低栄養やたんぱく質不足、活動量の低下は、筋肉量と筋力の低下(サルコペニア)と関連し、歩行速度低下や転倒リスクの増加など、フレイルの進行に結びつくことが報告されています。
咀嚼や嚥下に関わる筋肉も全身のサルコペニアの影響を受けるため、「噛めない→栄養がとれない→さらに筋力が落ちる」という悪循環が生じやすくなります(口腔機能低下症の現在地:2023 年度 口腔機能低下症ワーキンググループ 成果報告)。
③認知機能への影響
歯の喪失や咀嚼機能の低下は、認知機能の低下や認知症発症リスクと関連することが国内外の研究で報告されています(咀嚼と認知症に関する研究レビューと今後の研究展開)。
見逃せない「お口の衰え」サイン
次のような項目が複数当てはまる場合、オーラルフレイルの可能性が示唆されます。
3学会合同ステートメントでは、「OF-5(Oral frailty 5-item Checklist)」として以下の5項目が示され、2項目以上該当する場合にオーラルフレイルと判定されます。
- 残存歯数の減少(20本未満)
- 咀嚼困難感がある
- 嚥下困難感(むせることがある)
- 口腔乾燥感(ドライマウス)が気になる
- 滑舌低下(言葉が詰まりやすい)
これらは自己チェックの目安であり、実際の評価は歯科医師や歯科衛生士、言語聴覚士などによる専門家にしてもらいましょう。
今日からできる「お口の介護予防」
①パタカラ体操を生活に取り入れる
「パ・タ・カ・ラ」とはっきり発音する体操は、口唇や舌、のど周囲の筋肉を動かす口腔体操として、介護・医療現場で広く用いられています。
一般的に次のようなねらいが示されています。
- 「パ」:唇をしっかり閉じる動きで、食べこぼしを減らすことを目指す
- 「タ」「カ」:舌やのどの奥を動かし、飲み込み動作の改善を図る
- 「ラ」:舌全体をしなやかに動かし、食べ物をまとめやすくする
実際の研究でパタカラ体操による音節交互反復運動(Oral Diadochokinesis)の改善が報告されています(在宅高齢者の口腔機能評価と口腔体操プログラムの効果について)。
②あえて「噛む」食材を少し足す
無理のない範囲で、きのこ類、根菜、やわらかく調理した肉など、「噛む回数」が自然に増える食材を取り入れることは、咀嚼機能の維持や栄養バランスの改善に役立ちます。
※ただし、誤嚥や窒息リスクのある方では、医療・介護専門職の評価を受けたうえで食形態を調整することが重要です。
③「1口30回」と食事環境の工夫
よく噛んで食べることは、満腹感の調整や消化の助けになるとともに、咀嚼筋や口腔機能の維持にもつながります。
「1口30回」はあくまで一つの目安ですが、急いでかき込まず、テレビを消して食事に集中するなど、落ち着いた環境づくりが大切です。
④痛みがなくても歯科を受診
歯があっても、噛み合わせの不具合や義歯の不適合、舌や口周囲の筋力低下によって、咀嚼・嚥下機能が低下していることがあります。
定期的な歯科健診と専門的なクリーニング、義歯や噛み合わせの調整、口腔機能向上トレーニングなどは、オーラルフレイルやフレイルの予防に役立つとされています。
まとめ:早めに気づけば、対策は可能
噛む力の低下やオーラルフレイルは、自覚しにくいまま進行することがある一方で、早期に気づいて介入すれば改善や進行予防が期待できる可逆的な段階と考えられています。
「少し噛みにくい」「よくむせる」といった小さなサインを放置せず、口の体操、食習慣の工夫、定期的な歯科受診を組み合わせることで、フレイルや要介護状態への移行を遅らせることが目指せます。

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