「毎日3食きちんと食べている」「食欲も問題ない」——そう思っていても、体の中では筋肉の材料不足が静かに進行しているかもしれません。
介護予防の分野で深刻視されているのが、高齢者の慢性的なたんぱく質不足と、それに伴うサルコペニア(加齢性筋肉減少症)です。
食事の「量」は足りているように見えても、「質」が伴わなければ、気づかぬうちに筋肉量や身体機能が低下していく実態が、国内外の研究で明らかになっています。
結論:高齢者に必要なのは食事の「量」より「栄養の密度(質)」
たんぱく質不足は、加齢に伴う筋肉量の減少(サルコペニア)、筋力低下を加速させ、歩行速度の低下や転倒リスクの増加と関連することが報告されています。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、高齢者のフレイル予防の観点から、従来よりも高めのたんぱく質摂取が推奨されています(厚生労働省)。
食事量自体は変わらなくても、主食(炭水化物)中心でたんぱく質源が少ない食生活が続くと、筋肉の合成に必要な材料が不足し、「しっかり食べているのに体重や筋力が落ちてきた」という状況に陥りやすくなります。
なぜ高齢者は「隠れたんぱく質不足」に陥るのか
加齢に伴い、無意識のうちに食習慣が変化する要因が複数重なります。
①咀嚼・嚥下機能の低下
肉や魚など噛み応えのある食品を避け、麺類・おかゆ・パンなど軟らかい主食中心の食事に偏りがちになります。
②食欲と味覚の変化
さっぱりしたものや軽い食事で済ませることが増え、主菜(たんぱく質源)の摂取機会が減少します。
③健康観の誤解
「高齢になったら肉は控えるべき」「粗食が健康的」といった古い常識から、動物性たんぱく質を過度に制限してしまうケースがあります。
東京都長寿医療センター研究所の報告では、高齢者において肉類の摂取が多いほどフレイルのリスクが低いことが示されています(東京都長寿医療センター研究所)。[3]
その結果、「おにぎりだけ」「パンとコーヒーだけ」といった、エネルギーは摂取できてもたんぱく質が大幅に不足する食事パターンが習慣化してしまうことがあります。
たんぱく質不足が招く「要介護」への連鎖
①サルコペニアの進行
筋肉は「材料(たんぱく質)」と「刺激(運動)」の両方があって合成が促進されます。
いずれかが不足すると、運動していても筋肉量の維持・増加が困難になります。
欧州のサルコペニアワーキンググループ(EWGSOP2)は、サルコペニアを「筋肉量・筋力・身体機能の低下」と定義し、要介護リスクの重要な指標としています(Cruz-Jentoft AJ, et al. Age Ageing. 2019)。[4]
②日常生活動作(ADL)の困難
椅子からの立ち上がり、階段昇降、歩行速度の低下など、基本的な生活動作に支障をきたしやすくなります。
③転倒・骨折・要介護のリスク
下肢筋力やバランス能力の低下により転倒しやすくなり、「転倒→骨折→長期臥床→要介護」という負の連鎖が生じるリスクが高まります。
1日の目標たんぱく質摂取量は?
現在、多くの専門家や学会は、高齢者の筋肉・身体機能維持のために以下の摂取量を推奨しています。
健康な高齢者
目標:体重1kgあたり1.0〜1.2g/日
例:体重60kgの場合、1日60〜72g程度
サルコペニアや低栄養リスクがある場合
体重1kgあたり1.2〜1.5g/日が望ましいとする報告もあります(※ただし腎機能などに応じた個別調整が必要です)(厚生労働省)。
また、1日の総摂取量だけでなく、3食に均等に分散して摂取することが筋肉合成に有利とされています。
特に朝食はたんぱく質が不足しやすく、朝に十分なたんぱく質を摂っている高齢者ほど筋肉量が多いという研究結果もあります(早稲田大学プレスリリース)。[7]
今日から実践できる「筋肉を守る」4つの対策
① 朝食に「プラス1品」のたんぱく質
朝は最もたんぱく質が不足しやすい時間帯です。
卵、納豆、ヨーグルト、牛乳、チーズ、豆腐など、手軽な食品を朝食に1品追加するだけで、1日の総たんぱく質量が大きく改善します。
② 毎食「主菜」を必ず取り入れる
肉・魚・卵・大豆製品のうち、少なくとも1つを毎食のメイン(主菜)として用意しましょう。
主食だけで済ませず、「主食+主菜+副菜」を基本形にすることで、たんぱく質とビタミン・ミネラルのバランスが整います。
③ 食べにくい場合は「調理法」を工夫
「肉が固い」「魚がパサつく」と感じる場合は、調理法を変えることで摂取しやすくなります。
- ひき肉料理(ハンバーグ、つくね、そぼろ、肉団子)
- 煮魚、さば缶・ツナ缶などの柔らかい魚料理
- 卵とじ、茶碗蒸し、豆腐ハンバーグなど
こうした工夫により、咀嚼・嚥下機能が低下している方でも無理なくたんぱく質摂取量を増やせます。
④ 運動後30分〜1時間以内にたんぱく質を補給
たんぱく質は、筋肉に刺激(運動)が入った直後に摂取すると、筋肉合成への利用効率が高まることが示唆されています(Journal of the International Society of Sports Nutrition, 2017)。
散歩、スクワット、椅子からの立ち座りなど軽い運動の後30分〜1時間以内に、牛乳、ヨーグルト、チーズ、プロテイン飲料などを補給することが推奨されます。
まとめ
高齢者のたんぱく質不足は、体重減少や食欲低下が顕在化するまで気づかれにくい「静かなリスク」です。
- 「食べている内容」をチェックし、主食中心に偏っていないか確認する
- 朝食のたんぱく質を優先し、1日を通して分散摂取する
- 筋肉は「年齢だけで減る」のではなく、食事と運動で守れることを理解する
「最近、足腰が弱くなってきた」という変化は、単なる加齢だけでなく、長年の「材料不足」が表面化しているサインかもしれません。
今日からの一口・一品の工夫が、数年後の歩行能力と自立した生活を左右します。


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