「薬は処方されているけれど、本当に飲めているか分からない」「何のための薬か、説明できない」
高齢者にとって服薬は日常の一部ですが、飲み忘れ・飲み間違い・自己判断による中断は決して珍しくありません。
近年の研究では、こうした「服薬管理の乱れ」が、単なる不注意ではなく、生活機能低下(フレイル)や健康トラブルと結びつく可能性があることが明らかになってきています。
結論:服薬管理の乱れはフレイルのサイン
服薬管理の乱れは、病気の悪化だけでなく、転倒・低栄養・認知機能低下などを通じて、フレイル(虚弱)や要介護リスクと関連することが国内外の複数の研究で示されています[1,2]。
「薬を正しく管理できているか」は、高齢者の自立度やIADL(日常生活動作よりも応用的な活動)をチェックするうえで重要な視点の一つです。
IADLの評価項目には、買い物、食事の準備、金銭管理などとともに服薬管理が含まれており、これらの能力低下はフレイルの進行を示唆する重要なサインとなります。
なぜ服薬管理が介護予防と関係するのか
服薬管理には、想像以上に高度な能力が必要です。
- 記憶力(飲む時間や回数を覚えている)
- 判断力(薬の種類や量、指示内容を理解する)
- 手先の操作(小さな袋を開ける、錠剤をつまむなどの巧緻動作)
- 生活リズム(食事や睡眠、通院予定に合わせて行動する)
これらを統合して行う必要があるため、服薬管理の乱れ = 生活機能全体(IADL)が低下している可能性を示すサインと考えられています[3,4]。
日本老年医学会の研究では、服薬管理能力の低下が認知機能障害やIADL低下と関連することが報告されています[4]。
この段階で気づき、医療・介護職や家族が支援方法を見直すことが、早期の介護予防につながります。
高齢者に多い服薬トラブルとリスク
服薬の乱れは、具体的にどのようなリスクを招くのでしょうか。
① 飲み忘れ・重複服用
「飲んだか分からないから、もう一度飲んだ」というケースでは、結果として過量投与になることがあります。
【リスク】
降圧薬や血糖降下薬などが過剰に効くことで、血圧低下・低血糖・ふらつき・転倒のリスクが高まることが信頼性の高いレビュー論文で報告されています[5,6]。
厚生労働省の「高齢者の医薬品適正使用の指針」でも、多剤服用(ポリファーマシー)による薬物有害事象として、転倒・認知機能低下などの老年症候群が生じやすいことが指摘されています[7]。
② 自己判断での中断
「調子がいいからやめた」「副作用が怖いから飲まない」というケースです。
【リスク】
生活習慣病や慢性疾患のコントロールが悪化し、脳卒中や心疾患などの重篤な状態や入院リスクの増加と関連することが知られています[1,8]。
その結果として要介護状態につながる危険があります。
③ 薬の目的を理解していない
「何の薬か分からない」「似た薬が多くて混乱する」という状態です。
【リスク】
薬の目的が理解できない、説明が難しくなっていることは、認知機能や理解力の低下と関連する場合があります[4]。
日本の研究では、服薬管理能力の低下と認知機能障害の間に有意な関連が認められており、軽度認知障害(MCI)や認知症を疑うきっかけとなることがあります[4]。
服薬管理の乱れが招く「3つの介護リスク」
①転倒・骨折
2021年のシステマティックレビューとメタアナリシスでは、服薬の見直し介入が高齢者の転倒関連損傷を有意に減少させることが示されました[5]。
多剤併用(ポリファーマシー)、特に睡眠薬や降圧薬を含む処方は、ふらつきや立ちくらみ、転倒と関連することが多くの研究で示されています[6,7]。
高齢者の骨折、特に大腿骨近位部骨折は、その後のADL低下や要介護化の一因となりうる重要な健康事象です。
②低栄養
2023年のレビュー論文では、ポリファーマシーと低栄養の間に有意な関連が認められています[9]。
薬の副作用により、食欲不振、口渇、味覚変化、胃部不快感などが生じると、食事量が減り、体重減少や筋力低下(サルコペニア)につながる可能性があります[9,10]。
2023年のメタアナリシスでは、ポリファーマシーとサルコペニアの間に有意な関連が報告されており[10]、低栄養やサルコペニアは、フレイルや転倒リスク、QOL低下と密接に関連しています。
③認知機能低下
「また飲み間違えた」という失敗体験が続くことで自信を失い、外出や社会参加を控えるようになると、活動量や人との関わりが減り、認知機能低下やフレイルの進行と関連しうると考えられています[4]。
また、日本で実施された最新研究(2025年)では、ポリファーマシーと日常生活機能評価DASC-21スコアとの関連が示されており、服薬状況の見直しが重要であることが強調されています[2]。
介護予防につながる「服薬管理チェック」
ご自身やご家族に、以下の項目が当てはまらないか確認してみてください。
- 薬の名前や目的を、簡単な言葉で説明できない
- 飲んだかどうか迷うことがよくある
- 家の中に薬が余ってきている(残薬がたまっている)
- 複数の医療機関から似たような薬をもらっている
2つ以上当てはまる場合(目安)は、服薬管理の方法や処方内容を、医師・薬剤師と一緒に見直したほうがよいサインと考えられます。
今日からできる服薬管理の工夫
無理なく管理できる「仕組み」を作ることが大切です。
① 「一包化」を活用する
医師や薬剤師に相談し、朝・昼・夕・寝る前の薬を1つの袋にまとめてもらいましょう。
【効果】
手間が減り、飲み間違い・飲み忘れを減らすうえで有効な方法の一つとされています[11]。
特に多剤を服用している高齢者では、服薬アドヒアランス(服薬遵守)の改善に役立つと報告されています。
② 薬を”見える化”する
お薬カレンダーやピルケースを使い、日付や曜日ごとにセットします。
【効果】
「マスが空いている=飲んだ」という形で確認しやすくなり、飲み忘れへの不安軽減や自己管理能力の維持に役立ちます。
2024年の研究では、ピルケースの使用が服薬アドヒアランスの改善に効果的であることが示されています[12]。
③ 薬の目的を「1行」で言えるようにする
「これは血圧の薬」「これは眠るための薬」と短く理解しておきます。
【効果】
「何のために飲むか」が整理されることで、服薬への納得感が高まり、アドヒアランス向上に結びつくことが示唆されています[1]。
④ 「かかりつけ薬剤師」を持つ
お薬手帳を1冊にまとめ、薬剤師に「薬が多すぎないか」「飲み合わせは大丈夫か」を継続的に確認してもらいます。
【効果】
不要な薬を減らす(ポリファーマシー対策)ことは、副作用や転倒、認知機能低下、入院などさまざまなリスクの軽減と関連しており[5,7]、フレイル予防の観点からも推奨されています。
厚生労働省は2024年に「病院における高齢者のポリファーマシー対策の始め方と進め方」および「地域における高齢者のポリファーマシー対策の始め方と進め方」を発表し、医療・介護連携による服薬管理支援の重要性を強調しています[7]。
まとめ
服薬管理は、単なる病気の治療行為ではなく、高齢者の生活機能を守る力そのものと捉えられます。
- 服薬管理能力は、生活機能(自立度・IADL)の重要な指標の一つ
- 服薬管理の乱れは、フレイル進行や転倒・低栄養・認知機能低下のサインとなりうる
- 仕組み化(一包化やカレンダー、かかりつけ薬剤師)でリスクは減らせる
「薬を飲めているか?」と監視するのではなく、「今の能力で、無理なく管理できる仕組みになっているか?」
ここに目を向けることが、高齢者の自尊心を守りつつ、介護予防につなげる第一歩になります。
引用文献
[1] Jankowska-Polańska B, et al. The influence of frailty syndrome on medication adherence among elderly patients with hypertension. Clinical Interventions in Aging. 2016;11:1781-1790. https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.2147/CIA.S113994
[2] 島﨑良知. 高齢者総合機能評価DASC-21とポリファーマシーとの関連. 昭和医科大学雑誌. 2025;85(5):343-351. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmu/85/5/85_343/_article/-char/ja/
[3] 若林秀隆. フレイル. 日本内科学会雑誌. 2019;108(2):258-265. https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/108/2/108_258/_article/-char/ja/
[4] 木ノ下智康, 長谷川章, 溝神文博. 認知機能障害を有する患者の服薬管理に影響する因子の探索. 日本老年薬学会雑誌. 2020;3(3):41-48. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsgp/3/3/3_41/_article/-char/ja/
[5] Ma Y, et al. Medication Review in Preventing Older Adults’ Fall-Related Injury: a Systematic Review & Meta-Analysis. Clinical Nursing Research. 2021;30(7):1001-1015. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8390322/
[6] Age and Ageing. Medication reviews and deprescribing as a single intervention in falls prevention: a systematic review and meta-analysis. 2022;51(9):afac191. https://academic.oup.com/ageing/article/51/9/afac191/6705387
[7] 厚生労働省. 高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編・各論編). 2019年6月. https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000568037.pdf
[8] Ogawa Y, et al. Polypharmacy and functional decline in activities of daily living in older rehabilitation inpatients: a retrospective observational study. BMC Geriatrics. 2025;25:66. https://link.springer.com/article/10.1186/s12877-025-06606-0
[9] Vanhaecke T, et al. Polypharmacy and malnutrition in older people: A narrative review. Nutrition. 2023;115:112157. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0899900723001636
[10] Prokopidis K, et al. Sarcopenia is associated with a greater risk of polypharmacy and number of medications: a systematic review and meta-analysis. Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle. 2023;14(2):671-683. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10067503/
[11] Corsonello A, et al. Regimen complexity and medication nonadherence in elderly patients. Therapeutics and Clinical Risk Management. 2009;5:209-216. https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.2147/tcrm.s4870
[12] BMJ Open. Effectiveness of using manual pill organisers and pill reminder apps to improve medication adherence. 2024;15(12):e100913. https://bmjopen.bmj.com/content/15/12/e100913


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